長崎地方裁判所 昭和40年(ワ)30号 判決 1966年7月29日
主文
被告らは、連帯して、原告田口健二に対しては金一八〇万円およびこれに対する昭和三七年九月四日から完済まで年五分の割合による金員を、原告田口寅雄、同田口ミヨ子に対しては各金一〇万円およびこれに対する昭和三七年九月四日から各完済までいずれも年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
原告らのその余の各請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は、これを三分し、その二を被告らの連帯負担とし、その余を原告らの連帯負担とする。
この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、被告らに対し、原告田口健二においては各金三〇万円の、原告田口寅雄、同田口ミヨ子においてはいずれも各金二万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。
事実
原告ら訴訟代理人は、「被告らは、連帯して、原告田口健二に対しては金三一三万八、四〇〇円およびこれに対する昭和三七年九月四日から完済まで年五分の割合による金員を、原告田口寅雄、同田口ミヨ子に対しては各金三〇万円および昭和三七年九月四日から各完済までいずれも年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
一、(一)、原告田口健二は、父である原告田口寅雄と母である原告田口ミヨ子との間の昭和三〇年四月二日生れの長男である。
(二)、被告山口士朗は、被告山口久之(兄)、同山口アヤ子(妹)の父であつて、昭和三七年九月四日当時、雑貨店およびガソリンスタンドを経営し、被告山口久之所有の長崎六す八二八六号自動三輪車(以下単に本件自動車という。)を随時使用して、これを自己のために運行の用に供していたものであり、被告山口久之は、その当時、本件自動車を所有して、これを自己のために運行の用に供していたものであり、被告山口アヤ子は、その当時、すでに普通自動車免許を得ていて、被告山口士朗からその営業補助者として被用されるとともに、被告山口久之からも断続的に右自動車修理業の補助者として被用され、主として自動車の運転に従事していたものである。
二、被告山口アヤ子は、昭和三七年九月四日午前一一時三〇分頃、本件自動車を運転中、長崎県西彼杵郡西彼村平山郷三九一番地先道路上において、本件自動車の右前部を、同所を歩行中の原告田口健二に接触させて、転倒させた。
三、原告田口健二は、右事故(以下本件事故という。)により、頭蓋底骨折し、眼は視束萎縮によつて右眼は失明し、左眼は裸眼視力〇・〇六となつて、いずれも矯正不能となり、両耳はともに外傷性の感音性難聴となり、歩行は異常となつた。
四、本件事故の原因は、被告山口アヤ子の過失にある。すなわち、被告山口アヤ子は、前記道路を琴海村方面へ向け時速三〇粁で進行中前方三〇米の同道路上中央部附近を同一方面へ向け歩行中の原告田口健二(当時七才)ならびに訴外島田典博を含む学童数名を認めたが、かかる場合自動車運転者としては、警笛を連続吹鳴して学童らに警告を与え、右学童らの動向を注視し、その動向によつて何時にても急停車しうるよう徐行したうえ、できるだけ左側寄りに迂回進行して、右学童らとの間隔を十分に保持する等の方法により事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、漫然と本件自動車を進行させた過失に起因するものである。
五、よつて、被告らは、本件事故による損害につき、被告山口士朗は自動車損害賠償保障法第三条の保有者として、仮りに右が認められない場合は民法第七一五条の使用者として、被告山口久之は自動車損害賠償保障法第三条の保有者として、被告山口アヤ子は民法第七〇九条の不法行為者として、連帯して、その賠償をなすべき義務がある。
六、本件事故による損害
(一) 原告田口健二の損害
(1) 得べかりし利益の喪失による損害
原告田口健二は本件事故による傷害により身体障害者となり、労働能力を完全に喪失したと同じ状態に陥つた。原告田口健二は右のような傷害を受けなければ、通常の人間として、毎年一定の収入を得べきものであつた。
原告田口健二は、昭和三〇年四月二日生れで、事故当時七才であり通常の健康を有していたので、その余命は同年輩の日本人男子の平均余命数からして少なくとも本件事故当時から六〇年を下らないから、二〇才から稼働可能になるとして、その稼働可能年数は少なくとも四〇年を下らない。長崎県総務部統計課の調査による昭和三九年版長崎県勢要覧によると昭和三八年度の長崎県における三〇人以上の労働者を常用する産業の常用労働者一人の月間現金給与総額の平均額は金三万〇、七四〇円であるので、原告田口健二も、もし本件事故にあわなければ、少なくとも一ケ月金三万〇、七四〇円の収入があつたとみるべきであるから、原告田口健二の一ケ月間の得べかりし利益は金三万〇、七四〇円であり、前記のとおり原告田口健二は、二〇才から六〇才までの四〇年間稼働可能であるから、その間少なくとも毎月金三万〇、七四〇円の収入を得られたはずである。しこうして、原告田口健二が本件事故による傷害によつて喪失した得べかりし利益の現在額はホフマン式計算法によると金一九三万八、四〇〇円である。
(2) 精神的損害
原告田口健二は通常の健康体を有しながら、本件事故という不慮の災害をこうむり、前記のごとき重傷を受け余命六〇年間を生ける屍として生きてゆかねばならない。原告田口健二において長ずるにおよんで感ずるであろう苦悩すなわち自由な運動の困難、就職の不能、容姿の醜怪、結婚見込みの著減等生きる希望すら絶れるほどの苦悩、これらにより原告田口健二のこうむる精神上の苦痛は甚大であり、この精神的苦痛を慰藉するための慰藉料額は金一二〇万円が相当である。
(二) 原告田口寅雄、同田口ミヨ子の損害
原告田口健二の父である原告田口寅雄、母である原告田口ミヨ子は、その長男である原告田口健二が本件事故による重傷を受けたことにより、精神上甚大な苦痛を受け、右両名がその余生を原告田口健二の生ける屍を抱いて共に苦しみながら生きてゆかねばならない苦痛は原告田口健二が死亡したさいに受けるであろう精神的苦痛にもまさるものである。この精神上の苦痛は、原告田口寅雄、同田口ミヨ子において、本件事故の直接の被害者として受けたものである。かりに直接の被害者として受けたものでないとしても民法第七一〇条、第七一一条を類推適用して、両名の精神上の損害につき損害賠償を得せしめるのが相当であり、その慰藉料の額は各金三〇万円が相当である。
七、それで、原告らは、それぞれ被告らに対して連帯して、原告田口健二は、その財産上のならびに精神上の損害の賠償として合計金三一三万八、四〇〇円およびこれに対する本件事故発生の日である昭和三七年九月四日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の、原告田口寅雄、同田口ミヨ子は各金三〇万円およびこれに対する右昭和三七年九月四日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため本訴におよんだ。
と述べ、後記被告二(二)の主張に対して、
八、原告田口健二に過失があつたということは否認する。仮りに被告主張のような過失があつたとしても、原告田口健二は、当時、行為の責任を弁識するに足りる知能を有していなかつたものであるから、損害額を算定するにあたつて斟酌されるべきでない。
と述べた。〔証拠関係略〕被告ら訴訟代理人は、「原告らの各請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として、
一、原告ら主張の一(一)の事実は認める。同一(二)の事実中、被告山口士朗が被告山口久之(兄)、同山口アヤ子(妹)の父であること被告山口久之は、本件事故当時、本件自動車を所有していたこと被告山口アヤ子は、その当時、すでに普通自動車免許を得ていたことはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。同二の事実は認める。ただし、本件事故は、たまたま、被告山口アヤ子が訴外小島組の懇請により、怪我をした小島組の人夫を病院に運搬中に生じたものであつた。同三の事実中、原告田口健二の傷害が本件事故によるとの部分は否認する。その余の事実は知らない。
二、(一) 同四については、被告山口アヤ子は前記道路上を進行中、同道路上を同一方面へ歩行中の原告田口健二、訴外島田典博を含む学童数名を認めたので、警笛を連続吹鳴し、右学童らに対し警告を与えた、それで右学童らはいつたん道路の右側に退避したので、被告山口アヤ子は危険はないものと確認し、何時でも停車できる速度で左側寄りを進行中、突然原告田口健二と訴外島田典博が雨傘の奪い合いをして道路右側から中央線より左側の本件自動車の前面に飛び込んで来たので驚ろいて急停車をしたがまにあわず、本件自動車右前部に原告田口健二を接触させ路上に転倒させて負傷させたのであつて、本件事故は全く原告田口健二に思慮分別が足らなかつたため過つて、進行中の本件自動車に向つて自ら飛び込んで来たために生じたものであつて、被告山口アヤ子には過失はない。
(二) 仮りに、被告山口アヤ子に過失があつたとしても、本件事故のような場合には、被害者となつた原告田口健二は道路の右側に退避すべきであるのにそれをしないで左側に退避したものであつて、この点につき、被告田口健二に過失があるから、損害額の算定にあたつては、これらの過失も斟酌さるべきである。
三、同六の事実は否認する。
と述べた。〔証拠関係略〕
理由
被告山口アヤ子が、昭和三七年九月四日午前一一時三〇分頃、本件自動車を運転中、長崎県西彼杵郡西彼村平山郷三九一番地先道路上において、本件自動車の右前部を、同所を歩行中の原告田口健二に接触させて、転倒させたことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕を合せ考えると、原告田口健二は本件事故により頭蓋底骨折し、その眼は視束萎縮しそのために右眼はほとんど失明の状態となり、左眼は裸眼視力〇・〇六となり、両耳は共に外傷性の感音性難聴となり、歩行もいくぶん異常となつたことを認めることができ、〔証拠略〕をもつてしては右認定を左右するには足りないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。ところで、前記認定事実に、〔証拠略〕を合せ考えると、被告山口アヤ子が本件自動車を運転して本件事故現場にさしかかつた際、雨が降つていたこと被告山口アヤ子は前記道路上を進行中、同道路上を同一方面へ歩行中の原告田口健二(当時七才)訴外島田典博を含む学童数名を認めたことそれで被告山口アヤ子は、右学童らに約三〇米位近づいたところで速度を時速一五ないし二〇粁に落し、右学童らに警告を与えるために警笛を一回鳴らし、右学童らがいつたん道路右側に退避したのを見て、もはや危険はないものと軽信し、それ以上原告田口健二らの動向に注意をはらわず、漫然とそのままの速度で、道路中央線よりやや左側を通り過ぎようと進行中、予想に反して、あいあい傘の原告田口健二と訴外島田典博が道路中央に出てきたので、驚ろいて急制動をかけたがまにあわず、道路中央線よりやや左側によつた所で、本件自動車の右前部を原告田口健二と訴外島田典博に接触させて、原告田口健二、訴外島田典博を道路上に転倒させたことをそれぞれ認めることができ、〔証拠略〕の部分はいずれも信用できないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。およそ自動車の運転にあたる者としては、前認定のように雨天のうえ、学童らが自己の進行する前方道路上を同一方面に歩行中であることを認めたような場合、当然の措置として適宜警笛を吹鳴して、右学童らに警告を与えたうえ、右学童らの動向を注視し、その動向によつて何時にても急停車する等その場に適応した措置がとれるように減速・徐行し、かつできるだけ左側寄りに迂回進行して、右学童らとの間隔を十分に保持する等の方法により、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるにもかかわらず、被告山口アヤ子は、前記認定事実によると、その注意義務を怠り、警笛を一回吹鳴し、速度を時速一五ないし二〇粁に落しただけでもはや危険はないと軽信し、それ以上原告田口健二らの学童の動向に注意をはらわずかつ左側寄りに迂回することなく、漫然と道路中央線附近を進行しようとしたため、本件事故を惹起させ、よつて原告田口健二らに前記認定の傷害を負わしめたものと認めるのが相当である。
したがつて、被告山口アヤ子がその際危険はないと軽信し、それ以上学童らの動向に注意をはらわずかつ左側寄りに迂回進行しなかつたことは被告山口アヤ子の過失によるものといわなければならない。
とすれば、被告山口アヤ子は、過失により本件事故を起し、そのために原告健二に前記認定の傷を負わせたことになるから、本件事故による損害を賠償すべき義務があるといわなければならない。
ところで、被告山口士朗、同山口久之の本件事故に関する責任について判断するに、被告山口士朗が被告山口久之(兄)、同山口アヤ子(妹)の父であること被告山口久之は、本件事故当時、本件自動車の所有者であつたこと被告山口アヤ子は、その当時、すでに普通自動車免許を得ていたことはいずれも当事者間に争いがなく、被告山口久之は、本件事故当時、本件自動車の所有者であつたから、特段の事情の認められない本件においては、被告山口久之において、本件自動車を自己のために運行の用に供していたといわなければならない。これらの事実に、〔証拠略〕を合せ考えると、被告らは、本件事故当時、被告士朗の住居で一緒に生活しており、被告らを含む山口家の者が皆働いて、雑貨店ならびにガソリンスタンドを営業していたこと右ガソリンスタンドの設置申請の名義人は山口家を代表する被告山口士朗であることガソリンスタンド営業に関し、その危険物取扱い免許の試験や講習には被告山口士朗が行つていたこと被告山口士朗は山口家の責任者として本件事故による原告田口健二の治療費、入院費を全額支払つていること被告山口士朗所有の田畑はそんなに広いものではなく、山口家は農業による収入よりむしろ右雑貨店ならびにガソリンスタンド営業による収入で生活していたことしたがつて、被告山口士朗は山口家の代表者として雑貨店ならびにガソリンスタンドを経営していたこと本件事故当時、被告山口久之は自動車修理業をやめて、右の店の手伝いをしており、本件自動車も山口家の右の店のためにも使用されていたことしたがつて被告山口士朗のために運行の用に供されていたこと、被告山口士朗、同山口久之は、被告山口アヤ子が本件事故以前に本件自動車を数回にわたり運転使用しているにもかかわらず、それをやめさせることなく放任していたことをそれぞれ認めることができ、右認定に反する証人山口トメの証言の部分、被告山口士朗、山口久之、山口アヤ子の各本人尋問の結果の各部分はいずれも信用できないし、〔証拠略〕をもつてしては右認定を左右するには足りないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
してみると、被告山口士朗、同山口久之は、ともに本件自動車を自己のために運行の用に供していたのであるから、本件自動車の保有者であるといわなければならない。ところで自動車損害賠償保障法第三条により自動車の保有者が損害賠償責任を負担すべき原因行為の範囲は保有者自身および保有者がその自動車の取扱を許していた者によつてなされた運行によつて生じたものにかぎられるとともに、右の運行が保有者のために為されたか否かを問わないものと解すべきであるところ、前認定のとおり、被告山口士朗、同山口久之は、ともに被告山口アヤ子が本件事故以前に普通自動車免許を得ていたことを知つており、被告山口アヤ子が、本件事故以前に本件自動車を数回にわたり運転使用しているにもかかわらず、それをやめさすことなく放任していたのであるから、被告山口士朗、同山口久之は、ともに被告山口アヤ子に本件自動車の取扱いを許していたと認めるのが相当であるといわなければならない。とすれば、本件事故は、本件自動車の取扱いをその保有者から許されていた被告山口アヤ子の運行中に生じたものである。ところで、〔証拠略〕を合せ考えると、被告山口アヤ子が本件自動車を運転して本件事故を起したのは、本件自動車の保有者である被告山口士朗、同山口久之のいずれのためでもなく、たまたま近所に怪我人が出たため、頼まれてその怪我人を病院に運搬する途中であつたことが認められる。
しかし、本件自動車の本件事故の際の運行は、右自動車の保有者である被告山口士朗、同山口久之からその取扱いを許されていた被告山口アヤ子によつてなされていたことは前記認定のとおりであり、とすれば前記のとおりその運行が保有者のためになされたか否かにかかわりないので、右事実が認められたからといつて、本件事故を起した本件自動車の保有者が本件事故による損害賠償責任を免れられるいわれはない。それで、自動車損害賠償保障法第三条のただし書に該当する事実の認められない本件においては、結局、被告山口士朗、同山口久之は、ともに自動車損害賠償保障法第三条の保有者として本件事故による損害をそれぞれ賠償すべき義務がある。
つぎに、本件事故による損害について判断する。
原告田口健二の得べかりし利益の喪失による損害
原告らは原告ら主張の六(一)(1)のとおり主張するが、原告田口健二の本件事故による傷害の程度は前記のとおりであるので、特段の事情の認められない本件においては、原告田口健二の本件事故による稼働能力の喪失は本件事故にあわなかつた時に有するであろう稼働能力の少なくとも九割を下らないとするのが相当である。そして、原告田口健二が昭和三〇年四月二日生れであることは当事者間に争いはなく、とすれば本件事故当時(昭和三七年九月四日)原告田口健二が満七才であつたことは計算上明らかであり、当時通常の健康体を有していたことは原告田口寅雄の本人尋問の結果によつて認めることができ(右認定に反する証拠はない。)、満七才の日本人男子の平均余命数が六〇年をこえること原告田口健二は遅くとも二〇才から稼働可能となり短くとも五五才までの三五年間稼働可能であるであろうことしたがつて原告田口健二は、他に特段の事情の認められない本件においては、原告田口健二において本件事故によつて傷害を負わなかつたならば、少なくとも三五年間は収入を得ることができたであろうこと原告田口健二が稼働可能になるであろう時(原告田口健二が満二〇才になる時)の年齢満二〇才の日本人男子の初任給は少なくとも一年間につき金一五万六、〇〇〇円を下らない額であり(それ以降もこの額より上がるとも下がることはないことは十分の蓋然性がある。)、原告田口健二においても前記稼働可能期間中右金額を下らないだけの収入があるのであろうことはいずれも明らかである。したがつて、原告田口健二は、前記のとおり本件事故によつてその稼働能力の少なくとも九割を喪失したのであるから、そのうべかりし利益の喪失額は一年間につき少なくとも金一五万六、〇〇〇円の九割であることが計算上明らかな金一四万〇、四〇〇円を下らないとするのが相当である。そこで、原告田口健二の喪失した得べかりし利益の総額をホフマン式計算方法により中間利息年五分を一年毎に差し引いて本件事故当時の一時払い金額に換算するとその額は金一九三万八、四〇〇円をこえる額となることは計算上明らかであり、したがつてこれが原告田口健二が本件事故によつて喪失した得べかりし利益の総額の現在額であり、原告田口健二のこうむつた財産上の損害の額であるということができる。
原告田口健二の精神的損害
原告田口健二は通常の健康体を有していたが、満七才にして本件事故にあい重傷を負つたことは前記認定のとおりである。とすれば、原告田口健二はその余生六〇年間(前記認定のとおり、)を身体障害者として生きてゆかねばならないこと原告田口健二において長ずるにおよんで感ずるであろう苦悩すなわち自由な運動の困難、就職の困難、容姿の醜怪、結婚見込みの著減等々生きる望みすら絶たれるほどの苦悩を味わうであろうことは明らかである。また〔証拠略〕により被告山口士朗は田一反八畝二五歩、畑六畝二四歩、宅地二九坪八合八勺、建物二棟を所有していること原告田口寅雄は田畑、山林を合せて二町歩と建坪三〇坪位の家屋一棟を所有していることをそれぞれ認めることができ(右認定に反する証拠はない。)、これらの事実に、被告山口士朗において、原告田口健二の本件事故による治療費、入院費を全額支払つていること等前認定の諸事実を総合して考えると、原告田口健二に対する慰藉料額は四〇万円が相当である。
ところで、被告らはその主張の二(二)のとおり過失相殺の主張をし、原告らは、これに対し、その主張の八のとおり主張するので、この点につき判断する。本件事故の加害者である被告山口アヤ子に過失のあつたことは前記認定のとおりであるが、一方被害者である原告田口健二は、本件事故の際、訴外島田典博とあいあい傘で道路中央部を歩いていたこと原告田口健二と訴外島田典博とは、同人らと一緒に歩行中の学童らが、被告山口アヤ子の吹鳴した警笛により、皆道路右側に退避したのにかかわらず、一たん右側によけたもののまた道路中央部に逆戻りしたことそして道路中央線よりやや左側によつた所で本件事故にあつたことはいずれも前記認定のとおりであり、これらの事実によれば原告田口健二にも過失があつたといわなければならない。ところで、原告田口健二は当時満七才で(前記認定のとおり。)、小学生としてすでに道路歩行の訓練を受けていたことは明らかであるから、過失相殺にあたつては、原告田口健二の過失は斟酌されるべきである。なお過失相殺において斟酌されるべき過失は通常の過夫とは異なり、損害の公平負担の要請にもとづくものであつて、その過夫者に責任能力を必要としないことは明らかである。したがつて、本件事故によつて原告田口健二のこうむつた損害の算定にあたつては、原告田口健二の前記過夫を斟酌して決定されなければならないと解するのが相当である。それで、本件事故によりこうむつた原告田口健二の損害額が金二三三万八、四〇〇円であることは前記認定のとおりであるところ、これに原告健二の前記過失を斟酌すると、原告田口健二が被告らに対して請求し得べきその損害の賠償額は金一八〇万円とするのが相当である。
原告田口寅雄、同田口ミヨ子の精神的損害
原告田口健二が、父原告田口寅雄、母原告田口ミヨ子の長男であることは当事者間に争いがなく、原告田口健二は健康な子供であつたが満七才の時本件事故にあい、そのために前記のごとき重傷を負つて身体障害者となるにいたつたことは前記認定のとおりである。してみると原告田口寅雄、同田口ミヨ子はその長男を幼なくして身体障害者にされ、その身体障害者をかかえて生きてゆかねばならないことは明らかであり、この間の両名の苦痛は原告田口健二が死亡したさいに受けるであろう精神的苦痛にもまさるともおとらないものであるとするのが相当であるので、民法第七一〇条、第七一一条を類推適用して、原告田口寅雄、同田口ミヨ子にそれらの精神上の損害につき、その賠償を得せしめるべきであるといわなければならない。ところで、その慰藉料の額は、前記原告田口健二の過失ならびに前記認定の諸般の事情を斟酌して考えると原告田口寅雄、同田口ミヨ子とも金一〇万円が相当である。
してみると、被告らは、連帯して、原告田口健二に対しては金一八〇万円、原告田口寅雄、同田口ミヨ子に対しては各金一〇万円を支払うべき義務があるものといわなければならないところ、右各支払義務は不法行為時である本件事故発生の昭和三七年九月四日に生じたものであることは自明のことであるので、被告らは連帯して、前記各金員に附加して、それらに対する右昭和三七年九月四日から右金員の完済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるといわなければならない。
よつて、原告らの被告らに対する本訴各請求は前記金員の支払いを求める限度において正当としてこれを認容すべきであるが、その余の部分の請求は、失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九三条第一項但書前段、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項、第四項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 桑原宗朝 原政俊 水谷厚生)